熟女はご意見番

2013年06月

若者たちと護衛艦に乗る・・

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横須賀の
海上自衛隊





 8日に「防衛を考える若者たちの会」に同行して横須賀の海上自衛隊
に行きました。高校生から20代の社会人まで若者6名、PTA3名に、
引率は防衛大学のG教授です。

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          まず目に入るのは

          イージス艦「きりしま」










  
 私たちが乗船させてもらった護衛艦は「いかづち」ですが、
イージス艦と呼ぶ軍艦も護衛艦なので・・、何が違うのでしょうか。
射撃管制装置などにおいて、複数の標的に同時にミサイルの発射が
できるより高度なシステムがあるかどうかによって、イージス Aegisと
呼んで、一隻で1200億円の予算がかかるそうです。
(長崎の三菱重工業で組み立てている現場を見ましたが、重要な部品
はアメリカから調達するようで、この費用が高くつくらしい)

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護衛艦「いかづち」







 現代の軍艦だけあって大きいですね~
4550T、 全長151m、  幅17.4m、   高さ47m、 速力55k/h 、 乗員は170名。
対空ミサイル、機関砲、艦対艦ミサイル、魚雷装置からヘリコプターまで積んで
います。自衛隊と言えども世界有数の軍事力を持っていることが分かる・・・。
 
 当日は副艦長が船内の会議室でビデオを使いながら説明会を開いてくれたの
ですが、幹部自衛官は教育が洗練されていて、大変ダンディなんですよね。
 
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     軍艦で笑顔の写真。
     平和ですよね~








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  護衛艦を降りてから、「三笠」の見学に行きました。
かって日露戦争であのバルチック艦隊と闘い、連合艦隊司令長官 
東郷平八郎が率いて大勝利をおさめた舞台が戦艦「三笠」・・・。
大正15年以来、記念艦として横須賀で公開されています。

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         最後に見学した
         防衛大学の構内で









 最後のプログラムで防衛大学に行ったのですが、
土曜なので、学生の姿は少ないながら歩く姿はキビキビしていて、
白い夏服が似合い、身が引き締まる印象です。
 大学自体は手入れが行き届き、美しく広く、恵まれたキャンパスで
した。1学年500名。4年制で合計2000名。女子は約1割います。
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 私自身は2年前まで海上自衛隊・幹部学校に入学してきた
外国人留学生のホストファミリーをしていた関係上、「坂の上の雲」
の江田島や佐世保まで留学生と研修旅行をさせてもらったので、
多少は前知識があるのですが、やはり聞くと見るとでは大きな違い
があり、今回の若者にも相当なインパクトがあったみたいです。
そもそも現役の自衛官と防衛について語る機会が中々ないですし。
(自衛官は憲法9条を変えて、戦争しやすくなんて誰も考えていない
 そうです。一体9条を誰が変えたいの?!)

 特に海上自衛隊の幹部学校で知った建学の精神・・・
「アカデミック フリーダム」(囚われないで自由に考えよ)という言葉
には、教育につながる共通の認識として、今も感動を覚えますね~






専門医が語る「人生の白板」

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松本市内で







 先週末、松本での同窓会に、広島からドクター暁さんがやってきました。
2012年11月 26日のblogに書いた「旧友と紅葉映える山口の旅」の暁さん
です。

 脳神経内科医で、高齢者を主な対象に診療にあたってきた筈だから、
認知症などの発症を避けて「健康で長生きするにはどうすれば良いの?」
とお会いするつど何度でも聴いてみたくなります。

今回も同じ質問をしました。
(私の内心には、ご近所の高齢者や亡くなっていく方をみていて、
 理想として自分の役割を考えながら、希望をもって行動している人は
 80歳になっても元気で暮らせるなぁ・・・と感じているものですから・・)

ドクター暁さんが面白い話をしてくれました。

(1)人間は長年生きてきた過去はフィックスされた事実で変えることはでき
 ないけど、その先には自由に書き込める「白い部分」ー白板(ホワイトボード)
 がありますよ。

(2)大半は過去を振り返って現在の立ち位置にとどまり、そこからものを見
 て「この先どうしよう」と漠然と考えているが、仮に80歳まで生きるとして、
 そこから現在を見つめてみよう。60歳なら20年が真白く残っている。

(3)誰しも、歳をとっていくと、3つが襲ってくる。
  ①老化・・・部品の劣化だから「老化防止」なんて本当は嘘っぽい。
  ②病気
  ③廃用・・・長い間使わないと機能が失われていく。

  ①は避けられず、②は治癒できないことも多いが、3要素の1つと思えば
  さほど深刻にならなくても生きていける。
  しかも③は努力次第で機能を保つことができる。ここがポイント。

(4)⇒だから、③を重視しながら
  この先の白い部分をどう塗り込んでいこうかと、夢をもちながら暮らして
  いる人は、やはり元気だ。(三浦雄一郎さんはその代表例なんでしょうネ)

そして、①②③がすべて完結する時が人の死ということになりますね・・と。
私も発想を変えながら、ホワイトボードを色濃く書き込みたいですよ~







松本「県の森」で教育って何?

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    6月1日・2日と同窓会・・まあ早い話、私お誘いの飲み会ですけど(笑い)
のため松本に帰り、翌日ヒマラヤ杉に覆われた旧制松本高校の跡地・・・
「県の森」にある「旧制高等学校記念館」を訪れました。

 昨年5月18日付でこのblogに書いた「旧制松本高校に見る教育の器」の
続きになりますが・・・。

 旧制高校は明治から昭和にかけて(1886-1950)開校されていた男子の
エリート養成校で全国で41校だけ。それも1学年100数十名の少人数でした。

 旧制中学4年から受験して、20歳前後の3年間を全寮制で過ごした学校で
すが、在学者数は同世代の1%にも満たず、東京帝国大学など国立大学の
全定員よりも少人数だったので、カント・ヘーゲルを論じながら受験に追われ
ない人格形成を力点にと・・・今では現実離れした世界ですね~

 日本の国際競争力が世界の27番目と発表され、10数年後には40数番目
になるだろうと推察される背景に、エリートのレベルダウンが言われている点で、
旧制高校の教育はたくさんのヒントを与えてくれます。

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<教師の姿勢として>

 「人の能力を引き出すのが教育です。
一方的に教え込むと若い人たちの自立性・独創性をおさえてしまいます」

 分かっちゃいるけど、今の日本では小学生の頃から受験を意識して、
高校まで詰め込みの管理教育が主流といった感じですよね・・・。
いつの間にか根本がずれて、しかも国民性として「出る杭は打つ」。
 人と違う意見を認めず、エリートも認めない傾向だとしたら、そりゃぁ、
国際競争力が低下するでしょう・・・。

   
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<自主運営の寮生活では>

「俺はこう思う。お前はどう考えるのか?」
そんなぶつかり合いをとうして、自分を振り返り、成長するんだ。

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     松本城で・・
     ストーム(嵐)
     という名寮祭






 
 松本高校についていえば、学校の誘致が決まった時に、
市の歳出額の1.5倍にあたる20万円を負担して、1万人参加の
地鎮祭やちょうちん行列を行ったとの記録が。
市民が学校を誇りに思い、大騒ぎも暖かく見守ってきたから寮内
でも市内でもエネルギーを発散させて大物が育ったのでしょう。


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<人生を語らぬ教師にもの申す>

 人生を語らぬ先生に対して、
「授業やめまっしょ! ヨタ話しまっしょ!」

 生徒が教師にもの申すことができたのは、生徒自身が教育の
本質を考えていたということですね。単純に立身出世を願っていた
わけではなく、日本を背負って立つ気概があり貪欲だったのでしょう。

 今や大学でも旧制高校のような教育が成り立たないのは、
社会の仕組みや風潮として、余計なことを言わないでリスクを避け、
いわば金太郎飴の生産が一番効率的と考える、パスポート発行所
になっているせいだろうか・・・なんて考えます。

 教師以前に親自身がそれを望んでいるからでしょうし。
「良い学校を出れば生涯安心」という戦後の価値観はとおに通用
しなくなっていると思いますが・・・。




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     旧制高校記念館の
     カフェから見た美しい
     キャンパスです・・



















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