DSCF1321







11月13日
早稲田大学
の大隈記念
小講堂にて



 何年か前から早大メディア文化研究所の招聘研究員となっており、その中での
公共ネットワーク研究会というところに所属して、ゲストやメンバーの御説を有難く
拝聴しています。その研究会が13日に、初のシンポジウムを開き、タイトルは
「ともにつくる『公共サービス』」でした。
 
 パネリストの本田由紀さん(東大大学院教育学教授)は、修論を書くときに文献
を多々読んだので、生の本田さんの話を最も興味深く伺いました。

 詳細はともあれ、次のことがらに「そうだ!」と感じたものです。
①公共性の最小条件とは、自由(自律・多様性)と保障。
②「幸福の形」を一つに決め、そこから外れた生き方がきわめて苦しくなるような
 社会はもうもたない。
③人が固く囲い込まれてきた状態を脱して「雇用の流動性」を高める。
 それはメンバーシップの採用ではなく、必要に応じて個人のイニシアティブで動き、
 jobを基軸に人が働くような「フレックススペシャリティ」が重要になる。

 ※特に③は私が手元で運営を再開した私塾の中で「非連続のジャンプ」ができる
  若者を育てたいという方針と本質が重なると感じ、「やったね~」と思いました。
 ※本田さんの他には、地域活性化の専門家や、あしなが育英会の関係者などが
  パネリストとして参加され、汗を流した経験談を聞いて参考になりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
で、話はここからです。

 当日のゲストや研究員や関係者による懇親会があって、その後二次会があり、
誘われるままについて行ったのですが、パネリストの一人が日教組委員長であり、
連合の副会長(教育分野担当)を兼ねているという偉いお方も一緒で、気が付くと・・
周りの御用学者、御用役人、御用商人らしき(そう見えた)揉み手チームの中に
取り巻かれていました。オオ!(苦笑)

 日教組・・日本教育労働者組合。
公立小学校・中学校の教師を中心に、高校を含めた加入者は約29万人。
かって1958年(昭和33年)には86%が加入した時代と較べると最近は21%程度
の加入と激減し、現在の加入者は対象教員数の28%とのことです。

 連合は今の民主党を支える母体で、輿石東・幹事長は神奈川教組の出ですが、
そぉ~、彼のイメージですね・・・。 その日教組とは何を考えているのか・・・。

戦後の動きをちょっと調べてみると・・・・
 ①能力主義教育反対
 ②教員の勤務評定反対
 ③全国統一学力テスト反対
 ④日の丸・君が代反対
 ⑤学校5日制とゆとり教育提唱と推進   

⇒要は「みんな一緒、評価NO」の教育を進めてきたことは間違いないようですね。

しかも連合を支え、それが政党の母体となるという意味で政治色が濃くて、あの
3丁目の夕日の時代にいた先生ー聖職からは程遠いブルーカラー(労働者)と
なったのでしょうか。
まあね、日教組の加入が5分の1に激減したことがせめてもの救いかなぁ。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

DSCF1426



  すぐ斜向かいにいらした委員長に「公立学校はこのままで良いのか」など
素朴な質問をしてみたのですが・・・、「やっぱりね~風評違わぬ、日教組!」
以下は委員長と、大きく頷き手を叩いていた御用グループのご見解です。

①子どものうちから私立の学校へ行くのは間違っている。
 公立小中学校の教育が理想で、もし学級崩壊があるとしたら親が悪い。
②私学は似たような条件の人ばかりが集まっているが、社会はそんなものでは
 ないから、公立で雑多な人と関わり、揉まれることは良いことだ。
③教師は専門家だ。外部の人間が学校に新しい風を入れる必要はないし、
 このままで問題はない。教師は世の中に疎いって? 民間会社の人だって
 世の中を知らないじゃないか。

 私にしてみれば(都心だから選択条件や学習環境は地方と違うものの・・・)
3人の子どもを小中学校から公立も私立も国立附属もさまざまに経験し、
PTAの役員も毎年のように引き受けて、長所短所も特徴も実体験してきたか
らこそ、公立への関心も、発言の根拠もあるのだけど、委員長や賛同者たち
は小中からの私学や国立附属がどうであるかの経験は(多分)ゼロにして、
でも頭ごなしに否定し、「公立の現状が正しい!教師はみんな優れている」と
断定する姿勢にはある種の怖さを感じましたね~

 私が主張したかったことは・・・
①小学校から学校の選択の幅は豊富にあって欲しい。小中学校から私学に
 行こうが、公立に行こうが親と子の自由裁量であり、家庭の教育方針だろう。
②幼少期の受験は有名校志向とは限らない。のちの感受性豊かな時期の
 受験がなくなり、教育理念の明確な学校でゆっくり学べることは、個性や友情
 など人間性の向上にプラス条件が多いし、親子代々母校をもつ家庭も多い。
②教師の職業的流動性を高めて、地域の様々なキャリアを持つ人たちが公立
 学校を支えていく。これがコミュニティの再生につながるし、本田由紀さんが
 主張した「フレックススペシャリティ」と本質は同じものと考える。

DSCF1425









       論文の目次から一部
       カット代りに切り抜いて
       囲みの色を付けました。









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 私の修士論文は「公立学校のリバイバルプラン」で役所の白書や官民のデータ
解析をし、公立学校の教員・校長、教育長や政治家などへのインタビューにより
制度の課題や問題点を抽出、親と教師の意識調査、また、ゆとり教育による学力
の低下(1958年と較べて数字上の学力は3分の1)も確認した結果、政策提言に
至るとりまとめをしてきました。
 でも、新たな発想は日教組など中央集権の権力機構には全く伝わらないようで、
日本の公立学校の再生は彼らが政治的に動く限りはお寒いですね~ 
このままでいくと日本の産業的創造力は世界の50番目位に落ちていくとか・・・。

 個人的な話ですが、これまで海外に120回以上出て学校訪問も相当しました。
NGOによるボランティア活動も含めてアジアや南米、北朝鮮に至る発展途上国も
多かったのですが、貧しくても子どもたちの眼がキラキラと輝いている。
 いつも帰国して感じることですが、日本の子どもや若者は眼も表情も暗く沈んで
ロボットみたいに映るのです。この現状を彼らはどう説明するのでしょうか・・・・。