DSCF0304
 2005年11月に公開されて
日本アカデミー賞などを獲得し、
 2007年に続編が制作されて
から5年。3作目の「ALWAYS
三丁目の夕日’64」を観ました。
 
 「ALWAYS」は英語のまま
「いつでも」の表現でしょうし、
「夕日」の意味は原作を出して
いる小学館の「ビッグコミック
オリジナル」のHPを見ると、
原作者西岸良平さんの言葉で
「明日はきっと明るい日」
書かれています。
 夕日が輝くのは明日はきっと
天気が良いよーの現れでしょう
から、このどん詰まった時代、
日本人に「いつでも夢を」の歌
同様、明日こその希望を持たせ、
感動を広げているのでしょう。






 <みんな串団子みたいに暮らしていた・・・>
 1964年(昭和39年)は東京オリンピックが開催された記念すべき
年で、団塊の世代が高校生になった時代ですね。
映画で準主役の古行淳之介も鈴木一平も高校生になりました。
経済成長に伴い、オリンピックに合わせて家庭にテレビや電話が
入り始め、街並みがかなり小奇麗になってきたとはいえ人情は変わ
らずで、町内の人々はいわば団子状態で暮らしていたのですねー。
 
 各家庭や隣人の動きを人はアナログでキャッチする余裕があり、
ああでもない、こうでもないとお節介が入るのだけど、誰でも団子の
串仲間に連なっているから落ちこぼれや仲間外れが出ないし、
あの当時はうつ病も登校拒否も滅多にいなかった・・・。

<家庭には愛情深く強いリーダーが>
 小説家の茶川竜之介にしても、鈴木オートの社長にしても強烈な
個性の持ち主で、言いたい放題で時折手が出るほどの衝突をする
のだけど、強いリーダーとして家庭や職場を治め、子どもを甘やか
すことなく、でも陰では愛情をこめて見守っていた様子が覗えます。
 学校もそうでした。男子生徒は毎日のように教師からピンタをされ
ながら注意を受けていたけれど、親も教師に対する信頼感が
厚く、皆んなにとって学校は最高の遊び場でしたよねー。

<そして家族も隣人も想像力が豊か・・>
 今の時代は人があまりに繊細で、言葉一つで傷つくとなれば、
親も教師も上司も言っていいのか悪いのか、何をどう表現すれば
いいのか・・なんて迷っているうちに、何も言わないことがわが身の
安全となるのでしょう。昨今は人がお口にチャックでますます無言。
 
 あの時代の人々はお父さんや隣のおじさんや、学校の先生が
怒鳴ろうと殴ろうと、本心は優しさ、ボクを心配しているからと言葉
だけでなく、人格や流れを全体で判断できる想像力に満ちていた
ように思えます。今は言葉だけで人を測ることが多いのですが、
では言葉が柔らかで、さして語らず笑っている人が、社会を考え、
人を救うのかといえば、逆のようにも感じるのですが・・・(苦笑)。

 「三丁目の夕日’64」を観て、経済力、便利さや快適さと引き換え
に私たちはいかに多くのものを失ったのかを改めて思いました。
いわばモノと人情が交換されたに等しいかもしれませんね・・・。
 それでも又皆なで夕日を見たいですよねー。せめて隣近所で
声を掛け合い、気持ちだけでも交流しあえれば、いつかは夕日が
輝くように思えるから、「いつでも夢を」の世界にいましょうよ。
 

<撮影費用は多額でしょうね>
 前2作品もそうですが、CGで再現された街並み(現在の港区愛宕
界隈)や東京タワー、住宅、商店、商品、家電、三輪自動車、その他
の小道具の臨場感は素晴らしく、これはコストが膨大だなーと。
 映画は2Dと3Dの2種類が公開されており、両方観ましたが、
2Dの方が観やすいですね。3Dで観ると、東京タワーのてっぺんなど
が客席にせり出してきて迫力があるけれど、カラーグラスを使うので、
画面全体の色合いが暗くなり、やや疲れました・・・。

 それはともあれ、あの時代の価値は何だったのか、今は何を失った
のかを考えるためにも、どうかご覧になってみてくださいね。