DSCF2151




















   
   水谷豊と伊藤蘭夫妻が主役を共演することで、話題をまいている
映画「少年H」を観てきました。
1997年に刊行された妹尾河童さんの自伝 的小説で、神戸を舞台に
街が戦争で荒廃していく中を、少年Hの一家が押し流されることなく
生きぬく様を描いていました。
(とはいえ、アメリカ軍の爆撃で街は火の海となり家財を失っていく)

 それにしても戦争は悲惨で、権力をもつ人々はやりたい放題に豹変
して、政治家も軍も狂ってしまったとしか言いようがないですね~
そして子どもまでもが理由もなく殴られ蹴られ、家族と離れ、時にして

犠牲となり死んでいく・・・。

 大衆は何と無力なことか・・・とも感じました。
人民による流血革命を経ていない日本人は、何百年経とうがお上任せ
で「個」がない存在のように思えるのですが、結局は「権力に立ち向かう
引き継がれたノウハウ」がないということでしょう。

 太平洋戦争(第二次世界大戦)に突入する前の日本の状況は、現状
とそっくりとよく言われますよね~
 国民は「まさか・・・」とノー天気に流しながら、それが漠然とした不安に
変わる頃には、もう空気が別ものになり、風が逆流してくる。
そうなると一般人には抵抗しようがなくなり、ひたすら権力の命令に従う
という過去の流れを、せめて団塊の世代から年長は認識して、様々な
場で、声をあげていきたいものです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 昨日29日の報道ステーション(テレビ朝日)に自民党幹事長の石破茂氏
が出演してシリアの問題に絡み、集団的自衛権について答えていました。
 彼は日本人は好戦的ではないから集団的自衛権を認めても大丈夫とか、
憲法上自衛のための戦争なら許される(?!)めいた発言をしており、
こんな程度の認識で憲法を変え、自衛隊を国防軍に看板を変え、集団的
自衛権を主張するのかと落胆しました。

 1945年8月の終戦に至る70年間に、日本は6回の戦争を繰り返しており、
国は間違いなく好戦的でした。国民は好戦的でないまでも権力の暴走に
無関心で、大衆は時の空気に流される国民性は今も変わらないでしょうし、
戦争はすべて自衛のための名目で行われることは歴史が証明しています。
 ましてや現行憲法の解釈自体があやふやで、こういう政治家に国の運命
を丸投げしていいのでしょうか。

 先日、うちで開いた若者との会食で、60年 70年の安保闘争(学生運動)
の話が出ました。60年の安保闘争では6月11日に、30万人の学生と
労働者が国会を取り囲み、東大生の樺美智子さんが圧死した6月15日は
全学連など10万人の若者たちが国会に突入しました。
 この動きはやがて全共闘に引き継がれて70年の安保闘争に至るのですが、
この時代の若者は自らの力で日本を何とかしようと考えていた。
 最終的に学生運動は赤軍派などの暴走で自滅していきましたが、そこに
至る前までは、少なくとも若者に情熱のある良き時代だったと思いますね~