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<我が家が若者の歌声Barになった話です>

 3月18日(日)、雨上りの肌寒い日でしたが、午後3時過ぎから都内の
某4丁目にある我が家の狭い庭がBBQ広場になりました。
開店早々の来客は早稲田大学グリークラブの現役・OBの若者たちです。
年に1度の恒例行事を当日のリーダーY.Kさんは「annual 四丁目の夕飯」
と後日名付けてくれました。
annual(毎年の)⇒alwaysではなくてゴメンナサイですね。

 当日も例年通り、実家が肉の卸業という近くの友人から牛の上ロース
(私もめったに味わえない高級品ですよ~) を4kg ほど調達してもらい、
炭火起こしからスタートしたのですが、何せ始まるやいなやのパックン、
パックンという食べっぷりは、サスガに豪快で若い! 
中間に豚の骨つきロースや鳥肉を入れ、野菜も用意して満腹感を演出し
ましたが、何を出そうが砂に水を撒いているのと同じですね・・・(笑い)。

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 夕方近くから、友人や料理仲間などの来客が増えて、手作りのお総菜、
手作りパンやデザートなど貴重な好物をたくさん持参いただきました。
いつも大勢の応援団に支えられて開催できることもこの会の特徴ですね。

 室内に入り、追加組のゲストには「すき焼き」、BBQ組は肉を卒業して
もらい、お総菜やお赤飯、焼きそばなどをというプログラムを組んであった
のですが、彼らの食欲はそれを許さず、この予想は甘かった!(笑い)
若者の胃袋にはパクパクパックンと果てしなく入るのですよー。

 そして、宴会の後半では早稲グリのオンステージに。
パートは程よく分けられていたようですが、ぶっつけ本番なので、多少の
ブレはあるにせよ、若さゆえの声の艶とパワーは聴き手を元気にしてくれ
うちの老猫も正座。(なごり雪、君といつまでも、斎太郎節、遥かな友に他)

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 大学の卒業式を控えた3月に「BBQと歌の宴会」を始めて、5年位に
なりますか。10年前からグリークラブのE.Oさん(当時外政マネージャー)
とのご縁ができて、歌が大好きな私はいわば「勝手応援団」をしてきました。
 私の母校、松本の高校の東京同窓会にゲスト出演してもらって以来、
我が家にグリー30名と友人30名が加わった04年12月のXmasパーティ
は、指揮者の小林研一郎さんや北川正恭さんが参加された豪華版でしたし、
グリーの超OBだった筑紫哲也さんの早大・お別れの会や1周忌への
ゲスト出演、外国人記者クラブでのコンサート、「歌声レストラン」のような
私の演出コンサートなど、数えきれない程の男声合唱を聴かせてもらい、
彼らの定期演奏会や東京6大学など、毎年のご招待も楽しんできました。

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                             友人のNY 帰りの子息や私のテニスのコーチ・慶応の
                             学生も加わり、ますます賑やかに。
                             (3時からの宴会が解散したのは夜の12時過ぎでした)



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 上の写真は1年前の3月26日ですが、3・11の直後とはいえ
指揮者の小林研一郎さん夫妻が演奏後かけつけてくださいました。
ご自分が福島県いわき市の出身で、故郷を失いボロボロの中を
大型のチャリティコンサートを予定してらしたコバケンさんへの応援
や決起集会もかねていましたが、彼のピアノの弾き語りは絶品で、
こちらが励まされましたね。


<ALWAYS とはいかないけれど>
 
 「annual 四丁目の夕飯」は、「暖かい心」とセットでいただいた感謝
の言葉で、「おお~」と嬉しかったのですが大きなヒントをもらいました。
できればmonthlyをめざして、まあね、毎回上ロースは無理だけど、
カレーやおにぎりや豚汁くらいの炊き出しならできるかなと・・・。

 「三丁目の夕日」の時代を生きてきた私の世代は、映画のごとく
隣近所で貧しさを分け合い、お節介をやき、励ましあって暮らしてきた。
モノはなかったけど「明日はきっと晴れるよー」と若者に希望が託され、
コミュニティで育て合いをして、子どもの眼がキラキラしていましたよね。
 今のご時世はその時代と較べてみると、本気で向き合う大人が少なく、
他人に無関心で、話すことにも臆病で、ITの進化で便利になった分、
人と人との距離がドンドン離れて、大半は蛸壺にいるロボットみたい。

 18日のように20代から60代までごちゃ混ぜに集まり、誰かの経験や
別世界を語りあい、食事や歌を楽しみながら交流できたことは、学校や
一般社会では得られない面白さが参加者全員にあったかな~。
 実は、若者から学ぶことも大きいし、未知の世界を探検するような楽し
さがあるのです・・・。こういう価値はお金で買えないものですよね~ 

(30年間、毎週日曜にテニスを続けているのですが、毎回の練習後は
慶応の学生コーチを囲んで仲間と食事をしながら、社会や政治経済、
会社経営や家庭生活などのおしゃべりをして、今までに 約1200回くらい
になりますか。そして2年に1度程の割で、次々学生を社会に送り出して
きたことは親心としてテニスを教わることプラスで嬉しいものですよ~)

<寺子屋「途中塾」をもう一度・・>

 08年まで、亡き筑紫哲也さんを塾長に仲間で塾を開いていたのですが、
ここ2,3年、あの寺子屋「途中塾」を復活したいなあとテキストを作成中
なので、若者を中心に、様々な分野で生きている大人とともに食卓を囲み
ながら交流し、学びあえる仕組みをつくれたら良いなあと思います。

 若い人を好み、滝廉太郎の子孫らしく音楽好きで、早稲グリで歌っていた
筑紫さんですが、『今の世の中、相当おかしくなってきたよねー』と年々気に
しながら世を去った彼に、不肖の弟子は天国で喜んでもらいたいからねぇ・・・。