熟女はご意見番

三田もBarにいる

歌声bar でメリーXmas!

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歌う若者20名




 12月25日の夜、久しぶりにうちを会場にXmas忘年会を開きました。
息子同様の25歳が衆議院選挙を終えて東京に戻ったので、「お疲れさま」
と賑やかに迎えたいと企画したのですが、私塾の忘年会も兼ねてです。

 まず束でやってきたのは早稲田大学グリークラブの15名。OBを含めて
全員が20代。そこに慶応が5名加わり、学生が20名以上いて、応援団の
大人を加えると全部で30名はいたと思いますねぇ・・・。
彼らが揃って青春ソングを歌ってくれると、自分の年齢を忘れ、森光子さん
の気持ちがよ~く分かる(笑い)。
 私の活動は一見すると「ジャニーズ事務所」に似ていますが、内容は別で
「この日本を何とかしてね」と社会に体当たりするタレントを育成中です。
本物のジャニース事務所と較べて一番の違いはギャラが入らないこと(笑い)。
いつかどこかで出世払いをしてくれるといいけど、先がないから早くしてね!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 食材の提供や台所仕事や料理の持ち込みなど、様々な人が応援してくれて、
開催できたことにまずは感謝です!! 何せ、食べ盛りなので、鍋やしゃぶ
しゃぶなどで平らげた食肉は10kg. 野菜盛り沢山。お酒のボトルが1升瓶を
入れて15本、缶ビール45本など。
 11時にお開きにしましたが、深夜になっても車座での議論は尽きなかった
ようで、徹夜組を含めた泊まり込みが12名と、合宿所になりまして完全お開
きは翌日の午後2時半でした・・・(笑い)。

 でもねぇ、この位スケールが大きいと主催者も面白くなります。
よくぞと言われるけど年配同士が集まって、病気の話、だれそれが入院中で、
だれそれが亡くなったなんて暗いことを聞いているよりもストレスはなく、
ずっと快適なんだよね。(笑い)

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    食材を出しても
    砂に水を撒くが
    ごとく・・・









  
  良き時代に生れ育った若者ですが、思うほどノー天気ではなく、
就職や進路をどうするかについて、多々悩んでいるみたいですよ~
正月に家に帰ると親父に「就職どうするんだ、ちゃんとした会社に入れよ
なんて説教されるから、帰りたくないっす」なんていう学生もいました。
 親心は分かるけど、若者の気持ちも分かり、ウーン、頑張ろうね!
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 とにもかくにも2012年がもうすぐ終わりますが、どんな1年でしたか?

 私にとってはいつもながら忙しい歳月でした。
人生の先行きが見えてくると、今のうちに最終的な仕込みを進ませたい
なんて考えるから、研究や若者支援など何本もの計画を走らせ、同窓会
の要職を引き受け、いつも多くの課題を抱えてきました。
それでも何とか乗り越えたかな。

 明日から2泊3日で、毎度の仲間と伊豆の温泉宿に参ります。
10年以上続けてきたパターンだけど、お湯に浸かると「やれやれ・・・」
と天国なんですよね。そして自称酒豪同志の宴会で盛り上がる。

 でも飲みすぎて伊豆の湯に浮かんだりすることのないようにします(笑い)








Barで。若い3人に贈る言葉



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JR品川駅アトレ
のモンドバーで


 
 連休中の4月30日に前田卓二さん(写真中央)から携帯メールが
きて「上京したので今夜モンドバーあたりで一杯飲みませんか?」との
お誘いです。私は余程のことがない限り「飲み会優先」で暮らしている
ので(笑い)、「ハイ、ハイ、勿論OKですよ~」と。

 前田卓二34歳。日本を代表する自動車会社のエンジニアですが、
彼が慶応理工と院に在学中から、私が所属する東京JCテニスクラブ
の日曜練習会にコーチをお願いし、何年も指導を受けていたのだから、
私は「ドジながら可愛い弟子」なのですよ~(笑い)。
 前田さんは就職し東京を離れましたがその後も結婚式に列席したり、
私が主催する宴会やイベントには声をかけたりと、十数年来のお付き
合いが今も続いています・・・。

 せっかくの機会だからと私の方でお誘いをしたのは、熊崎陽一さん
(写真左)です。彼はより若い24歳。この4月からある参議院議員の
私設秘書として修行を始めたのですが、この1,2年将来の選択を
迷い考えた末(であろう)の決断なので、お祝いができるといいなーと。
 熊崎さんは早稲田の理工から院に進学しましたが、学部生の頃は
グリークラブ(男声合唱団)に所属して、4年生では団員100名以上を
率いる指揮者として活躍しました。優雅な指揮と演出ができるので、
俳優でも歌手でもいけるかなと思ったんですけどね~
 
 前田さんは理工の優等生らしく、世界的な自動車会社にいきました
が、熊崎さんは理工の出ながら政治の道を選んだというのが対象的
で面白くて、二人を組み合わせて美味しいお酒をいただこうと・・・ね。

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合流した卓二夫人の
前田珠江さん(左)と


                              
 今の日本は「ホンマ、どないするねん 喝!」と言いたくなるような
お寒い状況です・・・よね~。
勿論、前田さんも熊崎さんも賢いから存分に感じていることでしょう。
 それでも、江戸から明治に移る直前の日本を振り返ると、坂本龍馬
もそうだし、松下村塾を舞台とした吉田松陰などの先鋭たちも(言葉だ
けでなく)本当に生命をかけて活動した時代・・、明治維新の立役者
たちの大半は20代、30代でしたよね。 

 この国の行く手はやはり若い世代に託したいと思いませんか?
人間「あなたに託します」と伝えられれば必ず成し遂げられる・・・。
 ご隠居モードのおじいさんたちは若者の壁にならないでください!!
経験則を伝えながら、次世代を生きる背中の押し役でありたいな~

 後から合流した前田珠江さんも同じ車の会社で共働きです。
NHKの朝ドラ「梅ちゃん先生」の主役を演じる堀北真希さんを感じる
ホンワカムードだけど、仕事の腕は(きっと)確かですよ~                       
 
 片や世界の最先端で仕事をしながら「日本の稼ぎに貢献する」前田
夫妻と、片や「この日本を変えるエンジンになりたい」と望む熊崎さん。
 好条件に恵まれて高等教育を受けてきた代表的な若者ですが、
いずれも欠かせない大事な両輪なんですよねー。
 私もお陰さまでテニスができる程のパワーはあるから、「三丁目の
夕子さん」として、彼らの背中を押すお節介役を続けていきたいなー。
 
 






歌姫と歌王子が松本に集う

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松本城に近いカラオケpab cidyで(大手4丁目)


 5月12日(土)に松本で飲み会を開くために帰郷しました。
「三田は松本でもbarに集う」・・・でしょうか。

 最初のきっかけは・・・。 3月の下旬に(最初に入学した)信州大学の歌仲間・・・
広島在住のH。暁さん(写真の中央)から電話をいただきました。3月の末で彼が
勤務してきた国立病院の院長を定年で辞めることになりました・・と。
(大役でしたでしょうから、ホッとされたのでは? お疲れさまでした!)

 少々ほろ酔い状態で、私も家で晩酌をしていたから、まあね、酔っぱらいのおじさん
と超お姉さんの会話があり、暁さんの「元気でいるうちに又みんなで会いたいね~」と
言う言葉にはとてもリアリティがありました。
 脳神経内科が専門と記憶していますが、近年は高齢者の医療に携わってきたドクター
の「元気でいるうちに」は「そうか、経験から人生先はそう長くないのか」とね~(苦笑)

 関東に住む3人に声をかけたら即OKだったので、広島、横浜、千葉、東京、甲府から
5人で松本の「しづか」をめざして飲みに行こう! 5月12日の夕方5時集合ですよ~
 でもせっかく松本まで行くのだからと、松本界隈に住む先輩や古い仲間に声をかけて
みたら17名になりまして・・・ まずは老舗のしづかで4時間の宴会をこなしましたよ~
 昔は合唱団、今も合唱団が多いから、後半は歌う宴会となりまして・・・。
その昔は歌姫と歌王子だったけど、今はなんて言えばいいのでしょうね?
(飲んだお酒の本数は不明) その後で移動した店が写真のカラオケpabでした。

 学校の同窓会ってお化け大会みたいな面白さがありませんか?
他人には数十年の歳月をごまかすことはできないけれど、本人たちは会ってすぐに
20歳前後の昔のイメージと重なり、若い頃の坊やとお嬢ちゃんなんですよね~
 
 信州大学は東京の私学に較べると皆さんが質実剛健で、すべてに真面目で、
この会も学校の教員が多く、更に医師や弁護士といった「先生」たちが何人も・・・。
 12日は男性12名、女性5名とおじさまが大半で・・、何せ、20歳前後からお互い
の行動を・・・ドジ踏んだり悪さをしたのを見てましたよ~、あの人の次はあの人にも振
られた、成績が危なかったのを助けた・助けられたなどと永年情報共有しているから、
のち世間でどんなにお偉い先生に出世しても、遠慮はしませんよ~(笑い)。

 相手の呼び方は丁寧でも〇〇さん、普通になら〇〇君、大学の教授と言えども〇〇
ちゃん、さもなければ呼び捨てです(笑い)。 
 その上、私であれば専門医に向かって「お酒の飲みすぎは身体に悪いですよ~」
なんて申し上げまして、このお節介は「3丁目の夕日」も青く変色するかもね・・・

 そうそう、翌日の帰り際、ドクターH.暁さんに「元気で長生きする秘訣は?」と
お尋ねしたら、「できるだけ仕事(や活動・趣味など)をやめずに、日常の生活スタイル
を続けることではないですかねー」との趣旨でお返事がありました。
 私も宴会やbarを楽しむ暮らしは方針を変えずにドンドン参りますよ~!

※<信州大OBの代表選手が猪瀬直樹>
 
  
  今東京電力の値上げに真正面から反論し、逆提案するなど連日TV出演している
 東京都副知事の猪瀬直樹さんは、目下信州大学OBの代表選手でしょうね。
  学生時代には信大全共闘の議長で、学長との団交など、当時から機関銃1丁で
 闘ってきましたと、ご本人から話を聞いたことがあります・・・。
  元々は作家とはいえ、小泉政権下の道路公団民営化でもズバリ切り込んだ武勇伝
 は信州人の気骨を典型的に示しているかなーと思います。










三田もBarにいる(profile)

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10年来の馴染みBar&Dining CINQにて


<「三田もbarにいる」という奇妙なタイトルはここから出ましたの理由と、
 「あなただあれ?」にお答えする為古いコンテンツを再登場させました>

 映画によると「探偵はBARにいる」そうですが、私も思考の本拠地を
Barに置いていますよ~。
 一人カウンターに座り、好みのワインを味わいながら、静かに考え込
むには最高の場所・・。

 持ち前の公共の精神なのか、騒動の臭いを嗅ぎ取りわざわざ事ある
方へ近寄っていく習性を持っているとは周囲の評。
「火事と喧嘩は江戸の華?!」と不謹慎ながら母系を遡ると、幕府の
目付役だったとの噂も。真実は不明ながらDNAは感じています・・・。

 だから、以下の経験が世のため人のため何かのお役に立てれば嬉し
いです。三田智恵子事務所の<Barデスク>迄ご用命下さいませ。
 (専用メール:mita-news@rosenet.jp)

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三田智恵子 Profile
   
略 歴:
松本市出身、東京都庁で人事制度・職員育成・医療政策など。
40代から民間に転じ、出版社の役員編集長を経て、海外主要都市
タウンニュースのメディアを起業。併せて外務省・日本外交協会との
協働で世界の治安・防犯情報を配信する海外安全ネットワーク事務局長、
産経新聞で週刊コラム連載、立教大学国際センター非常勤講師、
東京都特別区政策評価委員などを経験。現在は演出者、編集者。

また早稲田大学招聘研究員(公共政策・地域主権研究)を軸足に、
市民としての覚悟と責任で次世代に何をどう引き継ぐかを模索中です。
(信州大学・早稲田大学卒、早稲田大学大学院公共経営研究科
修士課程修了)

視 点:
 海外での仕事やボランティアの経験により、若い頃からグローバルな
思考を望んだためか、ものを見る目は良くも悪くも日本人離れしている
傾向にありそう。
 アメリカ、ヨーロッパ、アジア各地の他、南米(ブラジル・アルゼンチン)、
アラスカ、中東(イスラエル・パレスチナ・ヨルダン)、インド・ネパール、
シルクロード(敦煌・トルファン・ウルムチ)や北朝鮮にも足を延ばしてきた
が、成熟した先進国や発展途上国を含めて現地に生きる人々の意識
行動やライフスタイルに関心を持ち、日本人との対比で異文化を見つめ
観察してきた。

趣 味:
宴会、料理、歌い聴くこと、手縫いの洋裁、テニス、旅行など。

好きな言葉:
「千万人といえども我行かん」(孟子) 日本の男では大石内蔵助が一番。



ANNUAL 四丁目の夕飯


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<我が家が若者の歌声Barになった話です>

 3月18日(日)、雨上りの肌寒い日でしたが、午後3時過ぎから都内の
某4丁目にある我が家の狭い庭がBBQ広場になりました。
開店早々の来客は早稲田大学グリークラブの現役・OBの若者たちです。
年に1度の恒例行事を当日のリーダーY.Kさんは「annual 四丁目の夕飯」
と後日名付けてくれました。
annual(毎年の)⇒alwaysではなくてゴメンナサイですね。

 当日も例年通り、実家が肉の卸業という近くの友人から牛の上ロース
(私もめったに味わえない高級品ですよ~) を4kg ほど調達してもらい、
炭火起こしからスタートしたのですが、何せ始まるやいなやのパックン、
パックンという食べっぷりは、サスガに豪快で若い! 
中間に豚の骨つきロースや鳥肉を入れ、野菜も用意して満腹感を演出し
ましたが、何を出そうが砂に水を撒いているのと同じですね・・・(笑い)。

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 夕方近くから、友人や料理仲間などの来客が増えて、手作りのお総菜、
手作りパンやデザートなど貴重な好物をたくさん持参いただきました。
いつも大勢の応援団に支えられて開催できることもこの会の特徴ですね。

 室内に入り、追加組のゲストには「すき焼き」、BBQ組は肉を卒業して
もらい、お総菜やお赤飯、焼きそばなどをというプログラムを組んであった
のですが、彼らの食欲はそれを許さず、この予想は甘かった!(笑い)
若者の胃袋にはパクパクパックンと果てしなく入るのですよー。

 そして、宴会の後半では早稲グリのオンステージに。
パートは程よく分けられていたようですが、ぶっつけ本番なので、多少の
ブレはあるにせよ、若さゆえの声の艶とパワーは聴き手を元気にしてくれ
うちの老猫も正座。(なごり雪、君といつまでも、斎太郎節、遥かな友に他)

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 大学の卒業式を控えた3月に「BBQと歌の宴会」を始めて、5年位に
なりますか。10年前からグリークラブのE.Oさん(当時外政マネージャー)
とのご縁ができて、歌が大好きな私はいわば「勝手応援団」をしてきました。
 私の母校、松本の高校の東京同窓会にゲスト出演してもらって以来、
我が家にグリー30名と友人30名が加わった04年12月のXmasパーティ
は、指揮者の小林研一郎さんや北川正恭さんが参加された豪華版でしたし、
グリーの超OBだった筑紫哲也さんの早大・お別れの会や1周忌への
ゲスト出演、外国人記者クラブでのコンサート、「歌声レストラン」のような
私の演出コンサートなど、数えきれない程の男声合唱を聴かせてもらい、
彼らの定期演奏会や東京6大学など、毎年のご招待も楽しんできました。

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                             友人のNY 帰りの子息や私のテニスのコーチ・慶応の
                             学生も加わり、ますます賑やかに。
                             (3時からの宴会が解散したのは夜の12時過ぎでした)



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 上の写真は1年前の3月26日ですが、3・11の直後とはいえ
指揮者の小林研一郎さん夫妻が演奏後かけつけてくださいました。
ご自分が福島県いわき市の出身で、故郷を失いボロボロの中を
大型のチャリティコンサートを予定してらしたコバケンさんへの応援
や決起集会もかねていましたが、彼のピアノの弾き語りは絶品で、
こちらが励まされましたね。


<ALWAYS とはいかないけれど>
 
 「annual 四丁目の夕飯」は、「暖かい心」とセットでいただいた感謝
の言葉で、「おお~」と嬉しかったのですが大きなヒントをもらいました。
できればmonthlyをめざして、まあね、毎回上ロースは無理だけど、
カレーやおにぎりや豚汁くらいの炊き出しならできるかなと・・・。

 「三丁目の夕日」の時代を生きてきた私の世代は、映画のごとく
隣近所で貧しさを分け合い、お節介をやき、励ましあって暮らしてきた。
モノはなかったけど「明日はきっと晴れるよー」と若者に希望が託され、
コミュニティで育て合いをして、子どもの眼がキラキラしていましたよね。
 今のご時世はその時代と較べてみると、本気で向き合う大人が少なく、
他人に無関心で、話すことにも臆病で、ITの進化で便利になった分、
人と人との距離がドンドン離れて、大半は蛸壺にいるロボットみたい。

 18日のように20代から60代までごちゃ混ぜに集まり、誰かの経験や
別世界を語りあい、食事や歌を楽しみながら交流できたことは、学校や
一般社会では得られない面白さが参加者全員にあったかな~。
 実は、若者から学ぶことも大きいし、未知の世界を探検するような楽し
さがあるのです・・・。こういう価値はお金で買えないものですよね~ 

(30年間、毎週日曜にテニスを続けているのですが、毎回の練習後は
慶応の学生コーチを囲んで仲間と食事をしながら、社会や政治経済、
会社経営や家庭生活などのおしゃべりをして、今までに 約1200回くらい
になりますか。そして2年に1度程の割で、次々学生を社会に送り出して
きたことは親心としてテニスを教わることプラスで嬉しいものですよ~)

<寺子屋「途中塾」をもう一度・・>

 08年まで、亡き筑紫哲也さんを塾長に仲間で塾を開いていたのですが、
ここ2,3年、あの寺子屋「途中塾」を復活したいなあとテキストを作成中
なので、若者を中心に、様々な分野で生きている大人とともに食卓を囲み
ながら交流し、学びあえる仕組みをつくれたら良いなあと思います。

 若い人を好み、滝廉太郎の子孫らしく音楽好きで、早稲グリで歌っていた
筑紫さんですが、『今の世の中、相当おかしくなってきたよねー』と年々気に
しながら世を去った彼に、不肖の弟子は天国で喜んでもらいたいからねぇ・・・。

 
 






 
 

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